Web広告担当者にとって、直面している課題はさまざまです。プライバシー規制の強化だったり、広告プラットフォームの頻繁な仕様変更への対応だったり、こういった重要ニュースをどのようにキャッチアップして、どのように運用していくか。
この記事では、Web広告の現場から情報発信を続けるキーワードマーケティング川手遼一氏と、JADEの小西一星による対談形式で、広告運用の現場で日々向き合う課題や、情報収集・発信のあり方、業界の変遷と未来の展望について二人が率直な意見を交わします。
「正しい運用とはなにか?」「正しい情報発信とはなにか?」という本質的な問いに、実務と経験に基づいた視点で迫ります。
【もくじ】
- 情報発信はどう変わってきた?
- どう集めて、どう伝えるか
- 現場で大切にしていること
- 新規案件へのアプローチと商品理解
- 業界の問題と向き合う姿勢
- 10年の変化と次の一手
- 広告運用者はどこを目指すのか
- 人を見る目を忘れずに
情報発信はどう変わってきた?
小西 川手さんはPPC-LOGでのブログ執筆など、業界内でも質の高い情報発信をされていますよね。思うにその良さは、公式情報で足りないポイントや、公式では強く言いにくいところも、うまくポイントをついて発信されていること。また、ゴリゴリと運用している人、毎日管理画面をよく見ている人、データを見ている人じゃないと気づかないようなことを見つけて書いている点が素晴らしいと思います。
川手 ありがとうございます。僕が働き始めたのはちょうど「Hagakure」などが一部で出始めたタイミングでした。「リスティング広告戦略思考ブログ」など、当時はとても面白かった。その頃は代理店ブログではなく、個人ブログが盛んでしたね。YMYLなどのアップデートで個人ブログが上がりにくくなったのも影響していると思います。
【川手遼一氏の個人ブログはこちら】
小西 検索で見つかりにくくなったのはありますね。でもしっかりとしたブログを書けば今でも見つかるはずです。最近はUGC(ユーザー生成コンテンツ)でも、良い記事は十分評価されている印象です。
川手 個人ブログを始めたのは2018年くらいからです。「アナグラムのブログ」が2014年くらいから始まっていて、阿部さんの個人ブログのSEM-LABOが書かれなくなったのもその頃。その成功モデルを皆が真似し始めたのが2016年〜17年くらいでしょうか。個人ドメインでないと検索上位に上がらないという認識もあったと思います。
小西 企業の自社マーケティングのためのコンテンツマーケティングとして、良くも悪くも強い側面が出てきましたね。ちゃんと編集体制を組んでブログを作っている会社も増えたので、質が低いものは逆に減ったという感覚はあります。
川手 ちゃんと書くところと微妙なところが二極化していると思います。いまは私は執筆していませんが、キーワードマーケティングのブログでは書く体制やルール作り、予算確保などもきちんとやっていて、外部からフィードバックをもらうこともあります。創業20周年の時にはブログを書いているメンバーに賞を与えて、どこが良かったのかという具体的なフィードバックをする取り組みもしました。
【キーワードマーケティングのブログはこちら】
小西 情報発信の質を高めるための社内の取り組みは重要ですね。特に外部からのフィードバックを取り入れる仕組みは参考になります。ブログ執筆者へのインセンティブも大切な要素だと思います。
川手 モチベーション維持のためにも重要です。また、社内で情報共有の文化を作ることも大切だと考えています。例えば、新しい機能や事例を見つけたら、すぐにグループウェアで社内に共有するようにしています。そうすることで、「これは記事にできるかも」という種が集まりやすくなります。個人ブログでは、自分が困ったことをメモしておいて週末に書くことが多いですね。
どう集めて、どう伝えるか
小西 川手さんはどのように情報収集をされているんですか?多くの運用者が参考にできる方法はありますか?
川手 実は特別なことはしていないんです。例えばメルカリをよく使うのですが、メルカリで広告が出ていることに気づいたらスクリーンショットを撮って「これ知ってますか?」と同僚に聞いて、知らないようなら記事にしようかなと考えます。あとはGoogleの検索やニュースタブを見たり、ヘルプをチェックしたりしています。
Google検索でドメインを入れて「xxx日以内に追加されたページ」と「更新されたページ」を見ることもあります。それとイベントに参加したり、実際にユーザーに会いに行ったりしていますね。例えば、セミナーを開催しているクライアントの勉強会に参加して、終わった後にクライアントと飲みながら「あのお客さんこうでしたよね」という話をして、次のプランを考えることもあります。
小西 なるほど、特別な情報源というより、日々出会うものにアンテナを張って、人から聞く情報なども取り入れているんですね。まさに「生きた情報」という感じですね。
川手 ヘルプや公式情報をちゃんと読み込むことも重要だと思います。いろいろなところから情報を集めようとするのも大事ですが、ベーシックなものをちゃんと理解することの方が重要かもしれません。
小西 同感です。公式ヘルプを読み込むという基本的なことが一番大事ですね。その上で自分で気づいたことをアウトプットする。とても真っ当な姿勢だと思います。
川手 そうですね。また、情報を集めるだけでなく、自分なりに咀嚼して発信することも大切です。例えば、公式の発表があった時に「これはどういう意味があるのか」「実務にどう影響するのか」という視点で考え、それを記事にすることで、読者にとって価値のある情報になりますから。
小西 実務者の視点からの解釈や考察は非常に価値がありますね。公式情報だけでは分からない「現場の知恵」が詰まっていると言えます。
川手 また、情報発信する際には、自分が実際に試してみた結果も含めるようにしています。「こう言われているけど、実際にやってみたらこうだった」という検証結果は、読者にとって非常に参考になると思います。
現場で大切にしていること
小西 川手さんは今、何社くらいの運用を担当されているんですか?
川手 今見ているのが5社くらいで、業務時間の8割くらいを運用に使っています。残りの2割でブログを書いたりしていますね。
小西 それだけ発信できるのはすごいですね。日常的なルーティンはどのようなものですか?
川手 多分みなさんと同じだと思います。APIで取得した広告データを確認したり、気になっている施策があれば管理画面で詳細をチェックしたり。
最近だとMicrosoft広告のオーディエンス広告について確認していた際に、EdgeのPCだけに広告を配信できる機能を見つけたりして、こういった細かい部分を見つけて実践するのも楽しいですね。
小西 PCでEdgeを使っているというだけでも実質的にターゲティングされてるみたいなものですよね。昔の広告のターゲティングはそういうもので、「何に関心がある」という選択肢はなく、「この掲載面に出す」という形でした。
川手 普通の人が見ないような設定でも、自分で見に行くということが大事だと思います。あとは関わっている全案件のパフォーマンスについて、管理画面を見なくても大体把握しておいて、通常と異なる動きがあればすぐに気づけるようにしています。これは新人の頃に同僚の取り組みから学びました。
小西 なるほど、大事なポイントですね。予算管理はどうしていますか?
川手 案件ごとに予算が決まっているので、それに対して現在の使用状況を確認しています。余裕があればどこに使うか、逆に問題があれば早めにクライアントに相談するようにしています。後手に回ると「なぜもっと使えなかったのか」「CVRが低いなら早く言ってくれよ」などの問題が起きるので。
小西 コミュニケーションがとても大事ですね。これは誰から学んだのですか?
川手 実は、スタジオジブリの鈴木敏夫さんのラジオ番組から学んだことも多いんです。映画制作でのピンチな局面をどう乗り越えたかという、とても泥臭い話が印象に残ってます。
小西 いいですね。具体的にはどんなピンチだったのでしょう?
川手 『紅の豚』公開時の劇場を押さえる話なのですが、当時は今のようなシネコンがなく、東宝の映画館は洋画系に2系統しかなかったそうです。大きな映画館と小さな映画館があって、スピルバーグの『フック』が大ヒット予想で大きい方を押さえていました。『紅の豚』は小さい方に回されるため、半分程度しか観客が入らない状況だったんです。劇場を押さえた時点で、どのくらいの来場が計算できるか見えてしまうから。鈴木さんはこれを打開するために何をしたかと言うと、関東以外の地域で、初日だけ『フック』を上映し、二日目から『紅の豚』に切り替えるという大胆な作戦を展開しました。さらに、地方での数字を伸ばすために全国を回り、地元メディアでの取材や試写会を徹底的に行ったんです。特に試写会の告知をテレビで流すことが大きな宣伝効果につながったとか。この規模でこんな泥臭く取り組むんだ、という学びがありました。
小西 意外な情報源ですね!でも確かに、異業種からの学びは新鮮な視点をもたらしてくれますよね。
新規案件へのアプローチと商品理解
小西 新規案件を始める際、どのようなアプローチをされていますか?市場調査やターゲット分析など、最初のステップを教えてください。
川手 まず商品をひたすら掘り下げます。調査より先に、対象の商品は自分で買って使い倒します。サービスなら実際に体験してみます。商品のことをよく知れば、ターゲットも想像しやすくなりますから。
小西 商品を実際に使うんですね。ターゲットのことは想像だけで考えるのでしょうか?
川手 想像だけでは難しいときもあるので実際にユーザーに会いに行くこともあります。例えば、セミナーを開催しているクライアントなら、そのセミナーに参加して実際の顧客と接します。セミナー後の相談会にも同席して、顧客の声を直接聞くようにしています。その後、クライアントと一緒に「あのお客さんはこうでしたね」という振り返りをしながら、次の施策を考えることもあります。新規クライアントでもできるだけこういったアプローチを心がけています。
小西 なるほど。社としての決まったフローなどはあるのでしょうか?
川手 会社が用意しているフローはありますので、基本的にはそれに沿った形でやりますが、商品を徹底的に掘り下げる部分は私が特に重視しているポイントです。
小西 確かに一次情報を大切にする姿勢は重要ですね。情報収集のアプローチとしても参考になります。
業界の問題と向き合う姿勢
小西 広告業界ではさまざまな課題が指摘されていますね。アドフラウドや詐欺広告など、業界の問題についてどう考えていますか?
川手 検索パートナーのアドフラウドの問題が大きくなっていますね。最近は日経などでもウェブ広告の配信先選定の問題が取り上げられています。ただ言うだけでなく実際に対策が必要な時期に来ていると感じますね。
詐欺広告の問題は2年くらい前から出てきていて、これはAIの台頭も関係しているでしょう。関連する公的な機関の議事録や公開情報は私もXでポストするようにしているのですが、残念ながらあまり反応がないんです。広告運用者が自分たちの業界の問題に積極的に向き合うという姿勢があまり見られないのが現状です。
小西 確かに広告業界の人間が業界の問題を社会問題として取り上げ、みんなで正常化しようという動きはあまり出ていませんね。
川手 売上に直結しないことには興味がないという面もあるかもしれません。でも、法規制が入るとやはり大きな動きになるので、そこに注目しています。私としては、こういった問題もキーマケLabで取り上げるようにしています。代理店のブログでは書きにくい「アドフラウドとは何か」や偽広告の問題なども、業界として知っておくべき内容だと思うので発信しています。
小西 広告業界の悪い部分も発信していくべきだという考えは素晴らしいですね。残念ながら多くの人はそこまでできていませんが、そういった視点も含めた情報発信は貴重だと思います。
川手 プラットフォームが収益を上げるための仕組みが加速する中で、それが本当に人にとって良いことなのか、広告業界の人間こそが考えるべき問題だと思います。自分たちの業界を健全に保つ責任がありますよね。
10年の変化と次の一手
小西 広告業界は過去数年でどのように変化したと感じていますか?
川手 私が入った2014年頃はWeb広告に関して、「まだ広告の中でもマイナーなジャンル」という雰囲気が残っていましたが、今では一気にメインストリームになりました。どんな大企業でもWeb広告やAmazon広告をやっていたりします。インフラとして定着してきた面白さがあります。
今後はメインストリームとしてのWeb広告がある一方で、サイドでちょっとしたブームが起こることが増えていくと思います。例えば3〜4年前のMicrosoft広告の登場は、当時はあまり注目されませんでしたが、今では重要なプラットフォームになっています。
小西 なるほど、業界の変化は継続的に起きていますね。最近注目しているものはありますか?
川手 折りたたみスマホに注目しています。iPadとも違うし、PCとも違う新しい体験を提供するデバイスです。VRにはあまり魅力を感じていませんが、デバイスの進化によって広告のあり方も変わる可能性はあります。
小西 デバイスの変化は確かに重要なポイントですね。スマホが普及して広告の形が変わったように、デバイスが変われば広告も変わります。メガネ型デバイスなど、いずれはスマートフォンの形そのものが変わるかもしれません。
川手 それ以外にも、広告業界ではクッキー規制などの課題もあります。サードパーティクッキーの問題だけでなく、これは不可逆的な変化だと思っています。元の時代に戻ることはないでしょう。AIによる技術的な代替も、個人的にはあまり期待していません。より生々しいデータは見れなくなっていくと思うので、それをどう乗り越えていくかは難しい課題です。
小西 AIが勝手に広告を作って配信するというのも増えてきていますね。
川手 正直やめてほしいと思います。TikTokのスマート編集や、Google広告の自動アセット、自動生成画像など、勝手に広告を出す機能が増えています。
小西 プラットフォームが収益を上げるための仕組みが加速していますね。それが行き過ぎて人にとって良いのか悪いのかという判断が追いついていない状況だと思います。
川手 そうですね。問題は自動化だけでなく、新しいサービスが買えなくなってしまったのは大きいと思うんですよね。Googleは多分AndroidとYouTubeを買ってから、あんまりパッとするものを買えていないですよね。それが10年ぐらいすると広告の成長に影響してくるんです。
小西 なるほど、プラットフォームの成長限界についても考える必要があるんですね。
川手 そうです。
広告運用者はどこを目指すのか
小西 あらためてになりますが、Web広告の仕事を何年くらいやっていて、どんなところに面白さを感じています?
川手 10年近くやっています。最初はデータが見られる面白さがありました。物を買うという行為の裏側でこれだけのデータが取得できるというのは驚きでした。GAのリアルタイムデータを見ているだけでも面白かったです。
今はそれに加えて、Web広告がインフラになっていく様子を見ることができるのも面白いと思っています。また、メインストリームの周辺で起こる小さな変化や新しいプラットフォームの登場なども興味深いですね。
小西 確かに検索クエリなど、プラットフォームが提供してくれるデータは面白いですね。一方で、最近は3〜4年で飽きて辞めていく人も多いという話を聞きます。
川手 そうですね。多くの会社でそういう問題があるようです。私は自分の興味で動けているので飽きないですが、多くの人はそこまで自分で環境を作り出すのは簡単ではないでしょう。
広告運用の仕事だけを続けていると、周辺技術(GTM、GA4、BigQueryなど)や、ウェブサイト改善、プロダクト改善などに手を出せずに、ただ広告費を上げて利益を出すことだけを求められがちです。それでは確かに飽きてしまうでしょうね。
小西 広告代理店の中でキャリアアップするなら、マネージャーになる道くらいしかないというのも課題かもしれません。
川手 もし広告運用を覚えた後にステップアップするなら、広告代理店ではなく事業会社に行って、さらに色々な経験を積むのも良いかもしれませんね。
小西 広告の世界でも、「人がどこでどういう行動をしているのか」「どういう状況にいるのか」「家族といるのか」「仕事しているのか遊んでいるのか」などを考えることが大事ですね。これは広告運用にも通じる大切な視点だと思います。
川手 そうですね。例えば、LINEの日本人利用率は9割超と驚異的ですが、なぜそれよりも利用率が劣るMetaのプラットフォーム(Facebook、Instagram、Threads)に配信可能なMeta広告の方が話題に上がることが多いのか、という違いも、人がどこで何をしているのかという視点から考えることができます。どこにいるかだけでなく、何をしているかということも大事です。
小西 若手の広告運用者が成長するために何かアドバイスはありますか?
川手 まず、ベーシックなものをしっかり読み込むことが重要だと思います。公式ヘルプを必ず読み、正しい情報を理解することが第一歩です。特に新しく入ってきた機能や仕様変更については、公式情報をきちんとチェックすることで、確かな知識を身につけられます。
あとは実際に自分で試してみることも大切です。例えばMicrosoft広告の「Edge」ユーザーに限定した広告配信機能のように、実際に触ってみると意外な発見があります。私自身も「これってできるのかな?」と思ったことは必ず試してみるようにしています。
小西 実際に手を動かして検証することで、本当の理解が得られますね。基本を押さえた上で実践的な知識を身につけることが重要だということですね。
人を見る目を忘れずに
テクノロジーとデータの上に築かれたWeb広告の世界ですが、川手さんと小西の対談から浮かび上がるのは、結局は「人」を理解することの大切さです。
最新ツールや自動化の波に目を奪われがちな時代だからこそ、「人がどこで何をしているか」が最重要。数字の向こう側にある人間の行動や心理を理解する目があってこそ、効果的な広告運用が可能になります。
「正しい運用とは何か」「正しい情報発信とは何か」。この問いに、両氏は実務と経験に基づいた答えを示してくれました。業界の変化は止まりませんが、本質を見極め、日々の気づきを大切にする姿勢があれば、その波に乗り続けることができるのではないでしょうか。
川手さん、貴重な経験と知見を惜しみなく共有してくださり、ありがとうございました。ぜひ川手さんが発信する情報や、小西とJADEが発信する情報をキャッチアップして、日々のWeb広告運用や、Webマーケティングのヒントにしてもらえればと思います。
(※編集部注:本記事は2025年3月に実施した対談を編集したものです)
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